総務部庶務課長 岡康史さんインタビュー

「すみよしさん」の愛称で親しまれる「住吉大社」

1800年以上前に創祀され、地元の人々から「すみよしさん」の愛称で親しまれている「住吉大社」。初詣に多くの人々が訪れることでも知られている「住吉大社」の歴史や祭事、街との関わりについて、総務部庶務課長の岡康史さんにお話を伺った。

1800年以上の歴史を持つ、海の神様

丁寧に答えてくださった岡康史さん
丁寧に答えてくださった岡康史さん

――住吉大社の歴史について教えてください。

創祀(そうし)は、今から約1800年前の211(神功皇后摂政11)年に仲哀天皇のお妃様である神功皇后様が、この地に住吉大神をお祀りになったのが最初といわれています。 記録には残っていないのですが、住吉さんは奈良時代(西暦710(和胴3)年-794(延暦13)年)くらいからは厚い崇敬を受けていたと思われます。住吉さんは海の神様として知られていますので、古来より航海の安全を祈願する人や大漁を祈願する人が多くお参りをされてきました。忘れてはいけないのは、遣唐使と遣隋使です。彼らも住吉さんにお参りしてから、航海に出ました。実は当社の神主も遣唐使に同行しています。今ほど航海術も発達していませんし、船の造りもしっかりしていませんから、大変な船旅だったと思います。何か事ある毎に祈り、神様をお慰めし、場合によっては人身御供(ひとみごく)となって海に飛び込んだかもしれません。命がけの旅でしたので、海の神様である住吉さんというのは、必然的にお祀りされるようになったのだと思います。

反橋
反橋

江戸時代になると北前船など廻船(かいせん)が盛んになります。船の寄港地には、海の神様である住吉さんを祀る神社が多く建てられました。お寺の様に本山、末寺の関係はなく横一列なのですが、有名なところでは、山口、博多、そして大阪に住吉神社があります。その中でも当社は一番大きな所として知られています。今では、ここから海は大分離れてしまいましたが、江戸時代の中期頃までは、すぐそこに海岸線がありました。そして、白砂青松と言ってこの辺りはとても風光明媚な場所だったという事です。観光地としてよりも、非常に雅な場所として有名だったようです。そして、住吉大社の長い歴史の中でも、有り難い事は、1800年前からほとんどその姿形を変えていないという事ではないかと思います。

御本殿
御本殿

第二次世界大戦時、大阪と堺では空襲がありましたが、この場所はほとんど空襲にあっていませんし、古くは戦国時代にもそれ程荒廃する事がありませんでした。現存する神社建築の中でも一番古い様式といわれています。もちろん改築、修造というのはありましたが、必ず昔のまま再建しています。古墳時代にいろいろな埴輪が作られ、その中で家形埴輪と言うのがありますが、住吉大社そっくりのものが出土しています。それだけ、古い様式を残しているという事です。

1年を通して行われる祭事の数々

卯之葉(うのは)神事
卯之葉(うのは)神事

――それだけ長い歴史だと、古くから続く行事があるのでしょうか?

年に一回の神社の創立記念日のようなものなのですが、5月になると「卯之葉(うのは)神事」というのがあります。住吉さんが御鎮座になったのが、ちょうど卯の花が咲く頃でした。また神功皇后さんがこの場所にお鎮まりになったのが、神功皇后摂政11年卯の年(西暦211年)の卯の月、上の卯の日と伝えられています。祝詞(のりと)を読み上げて、始まりの場所というのがあるのですが、そこへ神主全員でお参りをします。そして、おめでたい日でもありますので、舞楽の奉納も行います。

こういった神事はもちろん一般の方にも拝観していただくことができます。最近は少し拝観に来られる方が増えているように思います。 それともう一つは、毎年変わらず6月14日に住吉大社の境内にある田んぼで行われる、御田植神事が古いものです。田んぼに植え付けをするのですが、日本に残る田植神事の中でも一番規模が大きく、一番古い形態だとも言われています。実際に牛を連れてきて、代掻きをしながら行います。形を変えずに古い様式のまま、現在に伝わっており、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。これも神功皇后様が、山口の方から植女(うえめ)を連れてこられて田んぼを始められたという事から始まっています。そしてここで作られたお米を、毎日神様にお供えをしています。

御田植神事
御田植神事

皆さんは、お祭りと聞くと、露店が出たりお囃子が聞こえたり、賑やかなものを想像するかもしれませんが、私たち神主にとっては毎日が神様に対するお祀りなのです。毎朝神様へのお供えをする、そして、祝詞を読むという、その全てがお祀りなのです。毎日徳をたたえて、お供えをし、日本の平安、世界の平安を祈るというのが、私たちの仕事です。毎日同じことをする、そして御田植神事や夏祭りであれば、毎年同じ日の同じ時刻に同じことをする、それが大事なのです。ですから、イベントとは少し違います。イベントは毎年同じことをやっていると飽きられますし集客力も減ってしまいます。しかし、神事は逆に変えてはいけません。毎年同じことをする、それでもお越しになられる方が沢山おられます。

価値の高い文化財を大切に継承していく

住吉祭の様子
住吉祭の様子

――国宝や重要文化財として大切に保存されている建物や文化財があるかと思いますが、保存する上でのご苦労等を教えてください

沢山、守らなければならないものがあるのですが、住吉大社の屋根は桧皮葺(ひわだぶき)と言って、桧の皮を使っています。非常に火に弱いので、火の気にはとても神経を使います。防災設備も整ってはいますが、それだけではなく、当直して巡回なども行っています。放水訓練もし、いざというときには対応できるように準備をしています。

角鳥居
角鳥居

あと、何よりも大切なのは文化の継承です。「伊勢の神宮」と一緒で住吉大社でも20年に一度式年遷宮を行います。その際には御社殿を綺麗に改めるという決まりがあります。ただ「住吉大社」の場合建造物が国宝ですので、神宮のように全てを建て替えるというわけにはいきません。現在では傷んだところを修理するという方法を取っています。ただ、いろいろと難しい面もあります。今では、桧皮が大変希少価値のあるものになっています。この色が飽きたから、次は別の色にしようかというような事も出来ません。先ほどもお話した通り、前のまま、昔のまま、修繕をして伝えていきます。それはやはり神経を使います。

実は、そのような修理などをしていただく職人さんが減ってきているのも、一つ問題となっています。日本の伝統的な建築では、細かい分業制が敷かれていて、大工さんが全てをやる訳ではありません。木の部分は宮大工さん、金属の飾りの部分は飾り金具師さん、塗装は塗師(ぬし)さん、屋根を葺くのは屋根師さん、そしてその屋根の桧皮を剥ぐのは原皮師(もとかわし)さんと細かく分かれていて、なかなかそれだけの人材を集めるのが大変になってきています。やはりそう言った職人さんたちの技術も何代にもわたって受け継がれてきたものですから、そこを守っていくというのがとても重要で大変な事だと思います。国でも京都に職人さんを育成する学校を作ったりと、対策を取っていただいています。

茅の輪くぐり
茅の輪くぐり

――それでは、反対に何か新しい取り組みというのはありますか?

あまり知られていないと思いますが、住吉さんは、お相撲の神様でもあります。奈良時代から伝わる横綱伝説など相撲とゆかりのある場所でもあり、4年前から大相撲の大阪場所の際には「住吉大社」に注連縄を奉納し、土俵入りをしていただいています。それと、境内で立浪部屋の力士が合宿を行っていますので、幼稚園との交流を取り持ったりもしています。

地域の方々の協力によって復活する大神輿

住吉祭の様子
住吉祭の様子

――地域との関わり、連携について教えてください

夏祭りの際にお神輿の渡御(とぎょ)があります。お神輿がここ「住吉大社」を出て8キロほど離れた堺の「宿院頓宮」まで巡行します。昭和30年台の中頃からの高度経済成長の中で、お神輿を出すと交通渋滞が起こるといった事や、経済的な問題もあって、昔ながらの肩にお神輿を担いで巡航する形は止めてしまい、トラックの荷台にお神輿を乗せて、味も素っ気も無い渡御をやっていました。そういった状況が続いていましたが、今から10年ほど前、先代の宮司さんがこれではお祭りも街も活性化しないと、肩にお神輿を担いで渡御する事を46年振りに復活させました。地域の方々にもご理解を頂いて、新しく神輿も奉納していただきました。ただ、復活した当初は皆神輿の担ぎ方も分からなかったので、京都の祇園祭で神輿を担いでおられる方に協力を仰ぎました。そうしていろんな方たちのご尽力もあって、少しずつ盛り上げて来る事が出来ました。実は当社には1881(明治14)年に奉納されたとても大きな神輿があります。古いものですから、大分傷んでいますが、奉納された当時は、この辺り、摂津・泉州・河内三国一の大神輿と言われるぐらい立派なものでした。

手水舎
手水舎

その立派な神輿での渡御を復活させたいという事で、沢山のご寄付と援助を頂き、3年ほど前から準備を進めてきました。やはり、この街を盛り上げて欲しいという期待感や、その立派な神輿での渡御を見てみたいという方が沢山おられるのだなと思いました。そして、無事に修理も進みまして、今年の4月17日にお披露目をする事になりました。8月1日にはその大きな神輿で夏祭りの渡御が行われます。もちろん大きな神輿ですので、地域の若い方たちの力が沢山必要になります。春から皆で練習をして8月1日に向けて準備を整えているところです。祭りによって、地域も活性化し、結束し、また次の世代へと文化を伝承する事が出来ます。そういったように、祭りはただ賑やかで楽しいだけでなく、日本の歴史の流れの中でもとても大切な役割を担っているのだと思います。

御本殿
御本殿

――住吉エリアに今後、新たに住まわれる方へメッセージをお願いします

「住吉大社」には1800年の歴史があります。いわば日本文化の宝庫みたいなものです。神社というのはタイムカプセルのように昔の日本文化がそのまま今に伝わっています。例えばギリシャの「パルテノン神殿」やエジプトの「ピラミッド」でも、今となっては全く使われていません。ところが神社というのは、今でも昔と全く同じ機能を持って、同じことが日々行われています。それは、世界中見渡してみてもとても稀なことだと思います。歴史が生きています。そういったものを肌で感じられる場所だと思います。

そして、交通の便も良く静かですし、災害にも強い場所です。大阪には台風もあまり来ませんし、大雪もありません。上町台地の端にあるのですが、地盤もしっかりしていて、安政の大地震の際にも津波は目の前を通って行ったけれど、この場所は無事だったと聞いています。やはり昔の人は地の利の良い場所にこのような神社を建てたのだろうと思います。

住吉大社
住吉大社

住吉大社

総務部庶務課長 岡康史さん
所在地:大阪市住吉区住吉2-9-89
TEL:06-6672-0753
URL:http://www.sumiyoshitaisha.net/
※この情報は2016(平成28)年3月時点のものです。